ヴォイジャー:ドクターの理屈
僕のことをからかう人はいるのかもしれませんが、私はスタートレック:ヴォイジャーを見ています。特にスタートレックのファンでもありませんが、 英語を忘れないようにアメリカの番組を見ています。アメリカにいたら見ないという番組も見ています。スタートレック:ヴォイジャーはその一つです。
スタートレック:ヴォイジャーは女性のためのスタートレックと言えるでしょう。すべてのエピソードに感情的なテーマがあります。あるエピソードでは船長のジェインウェイ(女性)がホログラムと恋に落ちたこともありました。ばかばかしい話が多いですが、チャームドやLAXなどよりずっとましです。
先日は死刑反対のエピソードがありました。死刑囚が乗っていた宇宙船に何かトラブルが起きて、ヴォイジャー号にその死刑囚と刑務所護衛官が乗ることになりました。ヴォイジャーの乗務員は死刑に反対だったので死刑囚を死刑執行人に渡したくなかったのです。しかし、第1級優先事項の関係でどうすることもできませんでした。
途中でドクターが「人を殺すことは誰がしたとしてもいけません」と言いました。それを聞いて笑うしかありませんでした。なぜかといえば、ヴォイジャーがよく敵の宇宙船にフェイザーを照射しているからです。その時は誰も死なないということでしょうか。なんという素晴らしい偶然でしょうか。それにしても、ドクターは自己防衛のために人を殺してはいけないと思っているのでしょうか。また、人質の命を助けるためであってもヴォイジャーの警備員が人質犯を殺してはいけないと思っているのでしょうか。政府が人を殺してもいい場合があるということを認めたら、いつ人を殺すことが正当なのか討論しなければなりません。なぜならば、それを認めた時点でもう人を殺すことが必ずいけないと言えないからです。
死刑廃止論者が「たとえ、どんな理由があろうとも人に人を殺す権利は無い」というなら、自己防衛のためでも被害者の命を助けるためでも人を殺すことはいけないと主張しなければなりません。




