キリスト教を日本にどのように伝えればいいのか

私 の義父は、ある日私に宗教について話しかけてきました。神が私の祈りを聞いていると思っているかと聞いてきました。私は「はい、そう思う」と答え、神社に 行って神々が義父の祈りを聞いていると思うか聞き返しました。彼の答えにちょっとびっくりしましたが、多くの日本人は同じように考えているのではないかと 思います。「いいえ、いるとも思わないけど祈っても何も損はしないだろう?」という答えでした。ですから、新年に神々がいるかもしれない、祈りを聞いてく れるかもしれないから神社へ行くのでしょう。

この考え方は日本では珍しくないと思います。日本人 は宗教に対してよそよそしいアプローチをとると思います。日本に来てからよく「宗教は富士登山のようなものだ」と聞きます。ある宣教師は「富士山のちょう じょうへ登る道はたくさんありますが、ちょうじょうから天国へ行く道は一つです」 と言いました。まあ、それはよしとしてすべての宗教が同じだという考え方は日本人の信仰に対するアプローチに影響を与えます。私たちクリスチャンが「イエ スが神だ」と主張すると多くの日本人はそれを認めると思います。ただ、イエスは沢山の神のうちの一人だというでしょう。ヒンズー教の信者はそのように言い ます。歴史上同じような信仰をもっていた民族がいました。それはアテネ人でした。

・・・安井氏は「日本には創造論を受け入れる土壌がなかった」と述べ、「キリス ト教を日本にどのように伝えればいいのか」ということについて、使徒の働き17章18節を引用して説明した。安井氏は、多神教の地であったアテネで「あな た方の知らない神」として天地の創り主である神を伝えたパウロの伝道方法を紹介し、「宣教は天地の創造主である神さまを伝えることから始まる」と主張し た。・・・

神の創造はお伽話ではない いのちありがとうの会で安井氏が講演


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