なぜ私がクリスチャンなのか


私は幼稚園からずっとクリスチャンスクールに通っていましたので、自分で証拠を検証してからクリスチャンになったとは言えません。私はまずクリスチャンになって、その後証拠を調べました。7歳の時に意識的にクリスチャンになる決意をしました。その歳では当然他の宗教やキリスト教に対する反論を調べたことはありませんでした。正直に言うと、先生たちの言葉を信じたから私はクリスチャンになったのです。

ですから、ここで述べたいことはなぜ私がクリスチャンになったかではなく、なぜ今だにクリスチャンであるかということです。キリスト教への反論に初めて直面したのは中学の時でした。進化論者や左派の人たちはクリスチャンスクールで進化論は教えられていないと人々に思い込ませたいようですが、実際にはクリスチャンスクールでも進化論は教えられています。手加減しているわけでもありません。なぜなら、クリスチャンスクールの生徒も標準のテストに合格する必要があります。違いはただクリスチャンスクールでは創造という代替理論も教えられています。もちろん、クリスチャンスクールでは先生は創造論を信じているので創造論に偏っています。しかし、生徒たちが両方の主張を勉強しているのに対して、公立学校では生徒は独断的に一つの世界観しか教えられていません。

これは私が弁明学に出会った時でもあります。そして創造主の存在を認めない人がいるということに初めて気がついたときです。あるゲストスピーカーがきて進化論と創造論の論争について話をして私も興味を持つようになりました。Institute for Creation Researchのニュースレターを購読し、それからずっとこの論争の展開に関心を持ち続けています。

先ほど私立のクリスチャンスクールに通っていたと述べましたが、高校3年の時に諸事情により公立高校に転校しなければなりませんでした。この時、私が何を信じているかはっきりしなければなりませんでした。クリスチャンスクールではクリスチャンTシャツを着たり食前に祈ったりすることは簡単でした。公立高校に行く前に決意しなければ周囲の圧力に負けると思い、自分自身に本当にキリスト教を信じているかと問いました。登校初日の朝、2つのTシャツを目の前に起きました。一つは当時私の一番好きな歌手のもので、もう一つはクリスチャンのものでした。今考えるとつまらないことですが、当時それは人生を変える決断でした。結局クリスチャンのTシャツにしました。学校では最初の日から狂信的な信者というレッテルを貼られたかもしれません。

公立高校では様々な考えに触れ、対立する意見のメリットを評価する機会がありました。それ以来私はキリスト教に基づいた世界観は他のものより理にかなっていると確信しています。公立大学に行ってもそれは変わりませんでした。

私がキリスト教を信じている理由を以下でまとめましたので、興味ある方は読んでください。

1. 全宇宙は一人の創造主により創造された
2. もし創造主が人間を創造してからすぐにコミュニケーションを図ろうとしていなければ、当初創造主は興味がなかったか創造物を愛していなかったことになる。今私たちに興味を持っている、あるいは私たちのことを愛していても創造主の気分が変わるということになるためそれでは信頼できない方である。

3. もし創造主が礼拝すべき方であれば、創造主は私たちのことを変わらず愛しているということが前提である(私たちのことを愛していなければ礼拝してもしなくても変わらない)。そして、創造主を礼拝しなければ創造主の存在を信じても意味がない。

4. 古代宗教の中、創造主が最初から人間とコミュニケーションをとっているということを教えているのはキリスト教、ユダヤ教とイスラム教のみ。(新興宗教には興味がありません。その宗教が新しいということだけで人間によって作られたことが明らかだからです。) 

5. 聖書のイエスについて書かれていることが正しければ(私はそう思っています)、キリスト教が真の神を礼拝する唯一の方法である。
私は個人的にすべての答えを持っているわけではありませんが、上記1〜5の項目について私が勉強した限り私たちの世界に最もフィットしているのはキリスト教の世界観です。