どうして人工妊娠中絶が集団虐殺なのか


グレッグ・カニングハム 著


集団虐殺と未生・生後の子供たち

未生の子供の殺人と今までの歴史的集団虐殺による被害者の殺人とを比べることは適したものでしょうか。もちろんそうです。歴史的集団虐殺の多くの被害者も子供だからです。1999年8月16日の雑誌Timeの 「影へ」というカンボジアで行われたクメールルージュのリーダーの集団虐殺裁判についての記事で、博物館で発表された写真「殺人の土地」で殺された子ども の数について次のように記録しています。「・・・ここで殺された数百人(その中の多くが子ども)の白黒の顔が茫然とした目で、あるいはまた恐れた目であな たを見つめている顔を思い出します。」

1998年の秋にワシントンDCにあるユダヤ大虐殺記念博物館は「Remembering The Children [Of The Holocaust] ([大虐殺で亡くなった]子どもたちを思い出す)」という特別な展示をしました。実は多くの被害者は新生児でした。1999年12月31日のTimeの報 告によると、「ヒトラーは100万人のユダヤ人の赤ちゃんをその存在だけのために殺しました。」申請のユダヤ人の赤ちゃんを殺すことと現代の第三期間にい る赤ちゃんを殺すことと何か道徳的な意味で区別があるのでしょうか。

集団虐殺としての強姦

集団虐殺の定義を人工妊娠中絶を含むまで拡張することは、ある人にとってはこじつけに見えるかもしれませんが、その定義はいつも拡張されています。 1998年11月2日にAPはルワンダの国際刑事上裁判所が「1994年にルワンダで起こった集団虐殺では集団虐殺の道具として強姦と性的な暴力が野獣の ように使われた」と判定したと報告しました。その記事の表題は「集団虐殺犯罪としての強姦:国連の判定が判例を設定する」でした。

1999年8月13日のLos Angeles Timesにある「国連」という記事によると:
歴史上初めて、女性が非人道的犯罪として強姦で告発されました。ルワンダの前家族と女性事務大臣であるポーリーン・ニラマスフコ は、既に1994年に彼女のツチとフツという部族の集団虐殺への断定された役のためにルワンダの国連戦争犯罪裁判に行かなければなりませんでした。彼女は 自分の部下がツチの女性を強姦していたことを知っていたにもかかわらずそれを防ぐための手段をとらなかったので裁判所は・・・強姦の告発が加わることを認 めました。
強姦の被害者を殺人すること

集団虐殺としての強姦は集団虐殺としての人工妊娠中絶とどういう関係があるでしょうか。1999年1月18日の雑誌Timeにはヨルダンでの強姦についての「The Price of Honor(敬意の犠牲)」という想像つかないような記事がありました。
35歳の殺人者であるセルハンは明るく、くつろいで、しかも喜んで自分のやったことについて話します。彼は去年の4月に自分の妹 スザーンの頭を鉄砲で4回撃ったことの効率を説明するとき特に自慢します。「彼女は8時15分に家に着いて、8時20分までに死んだよ」と彼は説明しま す。3日前に、その16歳の女の子は、自分が強姦されたことを警察に通報しました。「妹の意志に反することであったとしても、彼女は失敗した」と、セルハ ンは言います。「とにかく、家族皆が恥で死ぬより、ひとりが死んだほうが言い。」アラブの世界では彼の理屈は珍しくありません。
これは、アメリカ人が強姦され母親なった女性と同じように強姦の被害者として無罪の未生の子どもを殺すことの動機を与える「理屈」です―その家族が強姦の 恥、感情のショック、などに耐えるより未生の子どもを殺すほうがいいという理屈です。同じことがバングラデッシュで起こっています。1991年4月18日 の Los Angeles Timesの報告によると、「強姦されたバングラデッシュの女性は、男性の親族に命をおどされます。そして、西洋の国は普通[強姦の被害者]を保護することを断ります。被害者はこれが人権の違反ではなく習慣だと言われます。」そしてインドでは1992年11月26日のLos Angeles Timesに よると、強姦された女性はその侵害で辱めた自分の親族によって売春婦として売られます。多くのインドの都市では売春婦の3人に一人がエイズウィルスで感染 するので、これは事実上の私刑です。しかし、強姦された女性は「汚い」と見なされて自分を結婚相手として望む男性がいないので自分の家族に経済的な負担に なります。


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