どうして人工妊娠中絶が集団虐殺なのか


グレッグ・カニングハム 著

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アメリカインディアンの人間性を奪う言葉

このような少数民の人間性を奪う行為はアメリカインディアンの集団虐殺も促進しました。ドナルド・スロットキンが書いた「Regeneration Through Violence, Wesleyan University Press, 1973(暴力を通す復活)」によると、マサチューセッツの知事であったウィリアム・ブラッドフォードはインディアンが「野生動物」という見方を吹き込み ました。1881年にジョージF.カンフィールドという律法学者は「The American Law Review, 15 (January):21-37(アメリカ律法雑誌)」に「インディアンは憲法において人ではありません」と書きました。そして付け加えてこう書いています。
国会はインディアンが特別保留地から出ることを禁止することができます。そしてインディアンが特別保留地にいても国会はインディアンから自由・財産・いのちを奪うこともできます・・・国会は法令を廃止するようインディアンとの条約を破ることができます。
そのとき、アメリカインディアンを殺すことは一般的に法律で認められていました。

1999年7月18日日曜日の雑誌Paradeによると、アメリカインディアンは「・・・アメリカで一番貧乏、病気、教養のない少数民です。アメリカイン ディアンは最も高い自殺率と最も低い平均余命を持っています。アルコール中毒者は多いです。」アメリカインディアンの状態は間違いなく有力な文化に虐待さ れたことの結果です。1999年8月8日にカリフォルニア、オレンジ郡新聞は「Records detail Vermont sterilization project(バーモントの不妊プロジェクトを説明する記録)」という表題で「Social scientists in the '20s and 30s hoped to weed out ' degenerate' bloodlines (1920,30年代の社会科学者は悪化した血統を除きたかった)」という福表題の記事を載せました。その記事によると、
・・・バーモント優生学調査会の12年間の「よい」と「ダメな」家族の研究は政策を作る人たちの間に広く読まれました。この研究の結果は繁殖するのに適さない数百人の貧しいバーモント州民、アベナキインディアンなどの不妊を支持する法律でした。
もっ と最近の話で、同じ新聞が1999年5月31日にワシントン州のオリンピック半島の近くに鯨を殺したマカというアメリカインディアンの諸部族への「鯨を 救って、マカを銛でしとめる」という殺人脅迫を報告しました。その記事はカリフォルニア大学バークレーの研究社会学者や「Portraits of White Racism, Cambridge University Press, 1993(白人の人種差別の叙述)」という本の作者であるデビッド・ウェルマンを引用すると。
「再びインディアンを狩るときになったという言葉を聞くと、それは集団虐殺の言葉であると認識しなければなりません」とウェルマ ン氏は言った。必要な前提はインディアンが動物のように狩れる人間以下のものだということだ・・・「暴力的な人種差別は普通に起こりながら、それが人種差 別として認識されません。そのときには他の言い方で呼ばれるのです。」
人工妊娠中絶の暴力が「赤ちゃんの殺人」でなく、「選択」と呼ばれることはそこに由来します。アメリカインディアンへの暴力は今でも驚くほどの頻度で発生しています。1999年2月15日のNew York Timesの記事は「Study: Violent crimes against Indians twice U.S. average(研究:インディアンへの暴力的な犯罪はアメリカの平均の二倍)」という表題があります。
アメリカインディアンはアメリカの平均の2倍以上で暴力的な犯罪の被害者である。しかし、白人と黒人のケースと違い、犯罪者は被害者と違う人種である。法務省のインディアンに関わる犯罪の初研究によるとインディアンへの犯罪を犯す人の70%は違う人種である。
ユダヤ人の人間性を奪うための憎しみの言葉

ワレン・ヘムは自分が書いた「Abortion Practice, Alpenglo Graphics, 1990(人工妊娠中絶の業務)」という医療教科書に未生の子どもを寄生動物と比較しています。「寄生動物」という言葉はヒトラーが反ユダヤ主義の「Mein Kampf(マ イン・カンフ)」という本にユダヤ人の人間性を奪うために使った言葉です。こういう汚名はヒトラーが1935年にユダヤ人をドイツ社会から除外するニュル ンバーグ法律を制定する道を用意しました。次の年に、ドイツの最高裁判所であるライクスゲリクトはユダヤ大虐殺を合法化しました。そのとき、ユダヤ人を殺 すことは一般的に法律で認められるようになりました。1973年、アメリカの最高裁判所は、未生の子どもに対して同じことをして、「人という言葉は・・・ 未生の子どもを含まない」と判定しました。そのとき、未生の子どもを殺すことは一般的に法律で認められるようになりました。


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