どうして人工妊娠中絶が集団虐殺なのか


グレッグ・カニングハム 著


「人間」の定義

科学界では、人間の卵子が人間の精子によって受精された時点で人間の生命が始まるということは一致していることです。広く使われている「The Developing Human, Clinically Oriented Embryology, 6th Edition, Moore, Persaud, Saunders, 1998(発育している人間、臨床志向の発生学)」という医学教科書の2ページに「赤ちゃんが一つの細胞から発育する、入り込んだ過程は奇跡的です・・・ この細胞[接合子]は卵子と精子の組み合わせによってできるのです。」と書いてあります。18ページには、そのテーマが繰り返されています。「人間の発育は受精から始まるのです。

「人」の定義

しかし、[人間]は[人]とかなり違います。上述したように、未生の赤ちゃんが人類であることは科学的な事実です。しかしながら人というのは、社会の政治を満たす主権的判断によって社会がある人間の集団に与えたり与えなかったりする法律的な資格です。1992年の「Medicine and the Law, 4th Edition, Butler & Walbert, 1992医学と法律」という医学倫理の教科書の18ページに、人という言葉はアメリカの最高裁判所のRoe vs. Wadeという判断を背景にして論議されています。「最高裁判所が胎児は憲法修正第14条の人という定義では人だという主張をはっきりと拒絶しまし た・・・」

ですから、私たちは生命がいつ始まるかは分かりますが、社会として生命のどの時点で人の権利を与えるかを決定しなければなりません。最も根本的な人の権利 は殺されない権利なのです。人という資格を与える時点には幾つかの可能性があります。それは卵子の受精、子宮内膜への着床、胎児が成長した(胎外生育が可 能)、出産、または出産後のいつかなどという時点です(「Practical Ethics, Cambridge University Press, 1993(現実的な道徳)」という本では、プリンストン大学の教授であるピーター・シンガーは驚くことに出産から一ヵ月後まで人という資格を与えないことを主張しています)。

接合子、胚盤胞、胎芽、胎児、新生児、幼児、青春、成人などの言葉は生物的な任意的に定義した人間の生涯の発育段階でしかありません。しかし、私たちが人 の権利を与える包括さは私たちの集合的な道徳を定義します。私たちは貪欲な社会かそれとも寛大な社会でしょうか。私たちは残酷な社会かそれとも哀れみ深い 社会でしょうか。

人という資格を利己的に限定した例

歴史をみると、有力な社会の人という資格を与える方法は利己的です。私たちの社会は例外ではありません。弱い集団が私たちに不都合な時、または私たちが欲 しいものを持っているとき、私たちは「人」をその集団から除外する言葉で定義する傾向があります。アメリカインディアンの人々が西からの移住に邪魔をした ので、その地所を取ることを自己弁護するために、私たちはアメリカインディアンが人間以下であると言いました。私たちは黒人から報酬なしの労働を得たかっ たので、黒人の自由を取ることを自己弁護するために黒人が人間以下であると言いました。未生の子どもが私たちの「解放」に邪魔をするのでそのいのちを取る ことを自己弁護するために、私たちは未生の子どもが人間以下であると言います。

未生の子どもの人間性を奪うための憎しみの言葉

1990年4月12日出版の雑誌Paradeのみだ らな記事に悪意を持った人工妊娠中絶の支持者や天体物理学者であったカール・セーガンは未生の子どもを地虫、魚、両生類、イモリ、オタマジャクシ、爬虫 類、豚などと比較してあざけりました。セーガン博士の言葉は人種差別主義者の言葉と同じく卑劣で憎しみ深いものでした。セーガン博士の言葉を1999年8 月23日の雑誌Timeにある記事と比べましょう。その記事に、白人至上主義者であるエリアンネーションという集団は「白人でない人が動物のレベルの『滓 人』だ」と信じていると書いてありました。

未生の子どもが人であるという主張を強める体調と機能の事実

セーガン博士は未生の赤ちゃんの心臓が受精から三週間後に脈動しているという事実を便利よく見逃しました。「脈動は22日に始まります」(van Heeswijk, Nijhuis & Hollanders, "Fetal heart rate in early pregnancy," Early Human Development, 22, 1990(初期妊娠中の胎児脈動初期人間発育)。胎芽の脳は6週間(ほとんどの人工妊娠中絶手術が行う前)までに脳の運動が脳波図に示すほど形成されています。脳の運動は病者または被害者が死んでいるか生きているかという法律上の基準です。(Hマンリン博士、"Life of Death by EEG," The Journal of the American Medical Association, 190 (2) (12 October 1964): 112-114)「EEGによる死の命」、アメリカの医学協会の会報、 190(2)(1964年10月12日):112−114)。


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