人生の5つの事実


ロバートC.バーチ博士著


人間の存在の謎に対する鍵であるつの基本的な事実は聖書でしか見つけることができません。

事実1:人間が創造された理由は、創造主であられる神様を礼拝し、神様と交わりを持つためです。

人間が神様に創造されたのは、人間が神様に頼り、親しい関係を作るためでした。この関係の結果として、人間はその生き方によって神様を褒め称えます。

人間が創造されたのは

「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形造り、これを造った。」(イザヤ書43:7)

神様を褒め称えるためであり

「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。」(コリント人への手紙第一10:31)

交わりを持つためです

「主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」(ミカ書6:8)

しかし、ほとんどの人は、神様を褒め称えていない、神様を本当に知らない人生を歩んでいることが明らかではないでしょうか。その原因は何でしょう。

事実2:罪は人間を神様から離れさせました。

人間は神様に依存して、親しい関係を持つために創造されたのに、人間は神様に背いて、神様と離れた人生を送っています。聖書は言います。「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず・・・」

罪は

聖書の言葉です。罪は人間が神様に背くことです。冷淡、不満、怒りやすいこと、怒り、悩み、嘘を付くこと、ごまかし、色欲等の罪に現されます。(マルコの 福音書7:21−23を見てください)「彼らは腐っており、忌まわしい事を行なっている。」(詩編14:2)「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのお の、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。」(イザヤ書53:6)

人間を神様から離れさせました

「そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。」(エペソ人への手紙2:12)
「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。」(イザヤ書59:2)

挿入語句:

良い行いはどうでしょうか。

罪とはある状態のことです。人間の努力でこの離れた状態を変ることはできません。人間が試すことは

道徳 (良い行い)−神様の目から見ると、「私たちの義はみな、不潔な着物のようです。」(イザヤ書64:6)
宗教 (教会へ行ったり、祈ったり、儀式したり)−「この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。 彼らが、わたしを拝んでも、むだなことである。」(マークの福音書7:6−7)
経験 (幻、兆し等)−「彼らは幻を見たことに安住して、肉の思いによっていたずらに誇り、」(コロサイ人への手紙2:18)
教育 (知識、智恵、知能等)−「事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。」(コリント人への手紙第一1:21)
誠実さ (正直な確信)−「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」(蘯件14:12)

私たちはの罰との威力の中にいますが、この離れた状態への対策はあるのでしょうか。1つしかありません!

事実3:イエス・キリストは永遠の神様が人間となった人です――神様の一人子。

イエス・キリストは、自らを人となって現れた神であると主張した、歴史上一番ユニークな人です。イエスは本当の人間でしたが、本当の神様でもあります。ある弟子は「私の主。私の神。」とイエスに言いました。

永遠の神様は

「初めに、ことば(イエス・キリスト)があった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった・・・ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。」(ヨハネの福音書1:1,14)

人間となった

「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。」(ピリピ人への手紙2:6-7)

神様の一人子

「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」(ヨハネの福音書14:6)

イエスの第一の目的は何だと思いますか。

事実4:イエス・キリストは離れた状態という問題を、自分の死と復活によって解決しました。

イエス・キリストの第一の目的は人間の罪に対する供え物となって十字架にかかられることでした。十字架に付いて、イエスはこう言いました。「このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。」

離れた状態という問題を解決しました

「キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。」(ペテロの手紙第一3:18)
「キリストは、ご自身をいけにえとして罪を取り除くために、来られたのです。」(へブル人への手紙9:26)

それはイエスの死と復活によりました

「キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと・・・」(コリント人への手紙15:3-4)

イエスは離れた状態という問題を解決しました!私たちはどのようにイエスの死と復活によってその恵みを受けられるでしょうか。

事実5:クリスチャンになるには主イエス・キリストを受け入れることによるのです。

自分の心にイエスを招かなければ、神様を知ることが出来ません。神様は私たちに選択の余地を与えられました。神様は私たちを強いて、イエスを受け入れさせ ようとしません。聖書は言います。「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく・・・」

クリスチャンになるには受け入れることです

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」(エペソ人への手紙2:8)

主イエスキリストを受け入れることです

「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネの福音書1:12)
「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」(ヨハネの黙示録3:20)

イエスを受け入れる方法を知りたいですか。

イエスを受け入れる方法

イエスを受け入れることは、私たちの人生を神様に委託することです。それは心、意志、感情に関係します。心によって分かり、意志によって決まり、感情によって経験します。感情の反応は人によって異なります。

しなければならないことは:

1. 気づく−自分が罪人である事を
2. 悔い改める−罪から離れます。
3. 受け入れる−祈ることによって、主イエス・キリストを心に招きます。

そのようにしてこれを自分の祈りとします

主よ。私は罪人である事を認めます。私は自分の罪を悔い改めます。
主イエスよ。今あなたを救い主、主として私の心に受け入れます。
私の心に入ってくださってありがとうございます。
主よ。私の人生をあなたの希望通りに変えてください。
イエスの御名によって…アーメン!

イエスを受け入れて永遠の命を持ったかということを知る方法

イエスは言いました。「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」(ヨハネの黙示録3:20)

あなたの心にイエスを招きましたか。
あなたの心からの真実でしたか。
では、イエスはあなたの人生においてどこにいますか。(心の中)
なぜそれが分かりますか。(イエスはそう約束しました)

あなたは神様を信じる(信用する、依存する、頼る)ことができます!神様は神様が約束したことをします。聖書は言います。神様は「偽ることのない神」です。(テトスへの手紙1:2)

もしあなたがイエスを心に招いたなら、神様の御言葉の権威によって神様の存在を確信できます。「彼のところにはいって...気持ちに頼るという重大な間違えをしないで下さい。あなたの気持ちではなく、神様の御言葉に書いてある約束があなたの保証です。

信仰によって歩み神様の御言葉に頼るクリスチャンは勝利を得ます。

事実は家の土台のようです。変わりません。(コリント人への手紙3:11)
信仰のようです。事実の上に建ち、事実に頼ります。(マタイの福音書7:25)
気持ち天気のようです。予測できず、頼ることが出来ず、絶えず変わるものです。(伝道の書11:4)

私たちは気持ちに頼るのではなく、神様の事実に頼らなければなりません。

神様を褒め称えて神様を知る

あなたの心にイエスを受け入れたなら、イエスをもっと深く知りたいはずです。聖書は言います。「私は、キリストとその復活の力を知り...」(ピリピ人へ の手紙3:10)あなたはイエスのもので、イエスはあなたのものです。他の人に知らせたいはずです。「あなたがたは、もはや自分自身のものではないこと を、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。」(コリント人への手紙 第一6:19-20)

クリスチャンとして成長するのに必要な精神的な成長の原理

1.イエスは主であること−イエスを信じ続けて、イエスの御言葉に従います。「わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。」(ヨハネの福音書14:21)

2.神様の御言葉−神様の書かれた御言葉(聖書)を読んで活用することによって神様の生きている御言葉(イエス・キリスト)を知るようになります。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネの福音書8:31-32)

3.祈り−祈りによって、あなたの人生を神様に伝えることができます。「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」(ピリピ人への手紙4:6)

4.交わり−神様の家族となったので、他のクリスチャンと交わる喜びを経験することができます。「それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。」(ローマ人への手紙15:6)

5.証し− あなたの人生に起こったことを他の人に知らせたいはずです。他の人にイエスの愛について証しをしたいはずです。「このように、あなたがたの光を人々の前で 輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(マタイの福音書5:16)


Copyright © 1968 Bob Burch. Used by permission.