多神教者による暴力

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日本では「一神教者は暴力的だが多神教者は寛容だ」という考えが多いようです。実は今日もそのように言われました。これは大間違いです。仏教徒やヒンドゥー教徒による暴力は珍しくありません。先日も次ようなニュースがありました。

宗教暴動で26人死傷=ヒンズー教徒が教会焼き打ち-インド

インドのPTI通信によると、同国東部のオリッサ州中部カンダマル地区で24日以降、ヒンズー教至上主義団体のデモ隊がキリスト教会や州政府閣僚の自宅などを焼き打ちする大規模な暴動が相次ぎ発生した。25日に地区の4つの町に夜間外出禁止令が敷かれたが、家屋への放火などが続き、26日までに1人が死亡、25人が負傷した。

ヒンズー教聖職者の原理主義組織「世界ヒンズー協会」(VHP)の指導者が何者かに襲撃されたのが発端で、VHPが抗議デモを組織したところ、一部が暴徒化した。教会12カ所のほか、キリスト教組織運営の孤児院も破壊行為に遭ったもようだ。

あっちゃんも指摘しています。

日本でも中国でも歴史を見れば一目瞭然ではないか、自然破壊は多神教の世界にはなかったのか、戦争はなかったのか、差別はなかったのか、確かに多くの日本人にとっては耳障りのよい(説)であろう。しかし少しでも客観的に物事を見れば「一神教だから、多神教だから」という問題ではないことがわかるのではないか。

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    8 Comments

    1. Sawa より:

      初めまして。私は日本人の仏教徒ですが、他の
      多くの方が抱く「一神教は暴力的で多神教は寛容」という
      考え方には正直、疑問を感じています。
      日本は確かに宗教的には多神教国ですが、実態を見てみると
      「寛容」とは言いがたい面は多々あります。
      海外の方や行きずりの方、身内には優しくても実際は
      差別はひどいし、価値観も画一的で、排他的です。
      他の大勢と違う人間は容赦なく叩く傾向すらあります。
      寛容であるかどうかは最終的には「人次第」。
      宗教で一括りに出来るものではないと思います。

    2. casey より:

      Sawaさん

      コメントありがとうございました。その通りですね。「人次第」です。

    3. ひさし より:

      確かにそういう面もありますが、「比較的」に見るとやはり一神教の方が暴力的だと思います。廃仏毀釈で何人殺されたのでしょう?国家神道を信じないからという理由で大勢殺されたんでしょうか?
       宗教的な理由(異端審問や魔女狩り)で殺された人数と比較したらやはり一神教は・・・

      • casey より:

        ひさしさん、

        コメントありがとうございます。

        江戸時代に日本ではクリスチャンが迫害され、1000人以上殺されました。それは神道(仏教?)によるものだと言えると思います。また記事に書いたようにインドでは多神教者による暴力は珍しくありません。世界中で多神教者は比較的に少ないので、確率でいえばある多神教者が暴力的である確率はある一神教者が暴力的である確率より高いかもしれません。しかしそういう問題ではないと思います。歴史的に無神論者による暴力も少なくありません。20世紀だけで非宗教政権(スターリン、毛沢東など)による犠牲者数は1億8千万人以上です。

        人次第だと思います。仏教は虫も殺してはいけないということを教えているのにインドの仏教徒は人を殺しています。たしかに異端審問や魔女狩りという悲しい歴史がありますが、それらはキリスト教の教えに反するものです。イエスは、「悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。・・・自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」と言いました。「クリスチャン」と名乗る人が「イエスのために」人を殺した場合、それは「クリスチャンだから」ではなく、「クリスチャンなのに」ということになります。人殺しはキリストの教えに反するからです。

    4. ひさし より:

      キリシタンが殺されたのは異端審問や魔女裁判のような宗教的理由ではなく政治的理由だったはずです。
      秀吉や江戸幕府が弾圧した理由は歴史を調べればすぐ出てきます。秀吉は「神道を信じないから」弾圧したのでは無いことがすぐ分かると思います。①植民地化を防ぐため②奴隷として日本人を売り買いするのを防ぐため③幕府への反乱を防ぐため などです。

      正しくは「一神教も多神教も暴力的な面はあるが、一神教の方が比較的強い」だと思います。

      • casey より:

        キリシタンが多神教者に殺されたのは政治的理由だというなら、私も異端審問や魔女裁判が政治的理由で行われたと言います。政治的理由がいくつかありました。それは政治上の権力を拡大すること、野党を弱めること、異端者の資産で利益を得ることなどと言われています。
        先ほど言ったように、異端審問や魔女裁判はキリストの教えに反するものです。これらの残虐行為を引き起こしたのはキリスト教ではなく、権力を求めていた不愉快な人です。歴史的にはクリスチャンと名乗る人による暴力が神道の信者・仏教徒と名乗る人による暴力より多いというのであれば、同意します。しかし、これはまたクリスチャンの数が多いからです。暴力の理由には何でも使えるわけです。

    5. 山田 より:

       一神教側の迫害を政治的理由で全てくくるのは正直厳しいかと・・・
       当時の史料を見ると、「(正統な)キリスト教を信じなかったから」という宗教的理由で処刑した例はたくさん見つかるのですが、一方クリスチャン処刑のとき「神道を信じなかったから」という理由のものは見たこと無いのが不思議ですね。

      • casey より:

        山田さん、

        コメントありがとうございます。
        殺されたクリスチャンに聞けたとしたら「政治的な理由でよかった!」という人はいないと思います。どんな理由が付けられてもクリスチャンでなかったら殺されなかったという事実に変わりがありません。

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