詩篇


5:5

ここでは、神様は「不法を行うすべての者を憎まれます」と書いてありますが、新約聖書では、神様は罪人を愛しているとよく書いてあります。
あなたは悪を喜ぶ神ではなく、わざわいは、あなたとともに住まないからです。
ローマ人への手紙5:8には、「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神様は私たちに対するご自身 の愛を明らかにしておられます」と書いてあります。神様が罪人を愛するということは明らかです。クリスチャンはよく「罪を嫌い、罪人を愛する」と言います が、これは神様の態度でしょうか。この詩篇の聖句で使っているヘブル語の「セーン」という言葉が交際したくない人への態度を意味します。これはある人を他 の人より好きではないことまたは敵意という意味もあります。神様の「不法を行う者」への態度は彼らに悔い改めて欲しいからですが、その不法な行いを認めら れません。神様の目は「あまりきよくて、悪を見ず、労苦に目を留めることができないのでしょう」とハバクク書1:13に書いてあります。ですから、神様は 不法を行う人を愛していますが、不法を行って悔い改めない人と交わることができません。

58:7

クリスチャンは敵が死ぬように祈ってもいいか。
神よ。彼らの歯を、その口の中で折ってください。主よ。若獅子のきばを、打ち砕いてください。
ローマ人への手紙12:14はこう書いてあります。「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません」。覚えなければ ならないのは、ダビデは災いが自分の敵ではなく、神様の敵に及ぶように祈りました。ダビデは言いました。「主よ。あなたを憎む者たちを…憎みます。彼らは 私の敵となりました」(詩篇139:21-22)。神様が自分の敵を裁くように祈ってもいいですが、私たちが私たちの敵をのろってはいけません。