サムエル記 II


1:5-10

アマレク人はサウルを殺したと言ったが、サムエル記第一31:1-7によると、サウルは自殺をした。どちが本当か。
二つの説明が可能です。一つは、サウルは自殺しようとしたが、失敗してアマレク人の話通り、彼に殺すように依頼した。もう一つは、アマレク人はダビデを喜 ばすために嘘をついた。どっちにしても、ダビデは喜びませんでした。アマレク人は「主に油そそがれた方」を殺したと言ったので、ダビデが彼の死刑を宣告し ました。

8:4

ダビデはハダデエゼルを征服したとき、何人を取ったか。
歴代誌第一18:4によると、ダビデは七千人を取りましたが、ここでは七百人と書いてあります。これは筆写者の間違えだと考えられます。正しい数は七千人だと考えられます。

12:23

ダビデは天国で息子に会うことを期待していたか。赤ちゃんは天国に行くか。
「しかし今、子どもは死んでしまった。私はなぜ、断食をしなければならないのか。あの子をもう一度、呼び戻せるであろうか。私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私のところに戻っては来ない。」
詩篇23:6によるとダビデは自分が天国に行くことを期待しています。ですから、ダビデの息子が天国へ行かなかったなら、会うことができないはずです。赤ちゃんは、正しいことと悪いことをまだ識別できないので、天国へ行きます。

14:27

「アブシャロムに三人の息子と、ひとりの娘が生まれた」と書いてあるが、18:18ではアブシャロムは「私の名を覚えてくれる息子が私にはいない」と言った。それはなぜか。 3人の息子の名前は書いてありません。ですから、この3人の息子は幼年時代に亡くなったと考えられます。

24:1-10

ダビデはなぜユダの人口を数えたか。
ここでは、主はダビデを働かせましたが、歴代誌第一21:1によると、サタンが「ダビデを誘い込んで、イスラエルの人口を数えさせた」。これは矛盾ではあ りません。サタンは神様が許可しなければ、何もできません。サタンがダビデを誘いましたが、神様は許可を与えました。ですから、観点によって、神様が働か したと言えますが、サタンが誘ったともいえます。

24:16

神様が「思い直した」とはどういう意味か。
御使いが、エルサレムに手を伸べて、これを滅ぼそうとしたとき、主はわざわいを下すことを思い直し、民を滅ぼしている御使いに仰せられた。「もう十分だ。あなたの手を引け。」主の使いは、エブス人アラウナの打ち場のかたわらにいた。
聖書は、はっきり言います。「父には移り変わりや、移り行く影はありません」(ヤコブの手紙1:17)。「イスラエルの栄光である方は、偽ることもなく、 悔いることもない。この方は人間ではないので、悔いることがない」(サムエル記第一15:29)。神様の罪への態度は代わりませんが、罪人の悔い改める事 によって、罪人への待遇を変更します。