コリント人への手紙 I


13:8

異言とは何か。
異言で話すとは外国語で話すと言う意味です。異言の賜物は自分が勉強したことのない国語で話すことです(使徒の働き2:6,7,11)。この聖句による と、異言の賜物はやみました。異言は「完全なものが現れたら」やむと書いてあります。「完全なもの」はイエスの再来という意味ではありません。なぜかと言 えば、ここでの代名詞は無性です。9節は未完知恵を述べているので、「完全なもの」は完成した聖書と言う意味だと思えます。ヨハネは黙示録22: 18,19には聖書の完成について書きました。聖書は完成されましたので、私たちは正しい道を選ぶのに奇跡が必要ではありません。この解釈を認めない人た ちでも、異言を話すには通訳者が必要であることを知っているはずです。これは14章14節に書いてあります。理由も後で書いてあります。「ですから、もし 教会全体が一ヵ所に集まって、みなが異言を話すとしたら、初心の者とか信者でない者とかがはいって来たとき、彼らは、あなたがたを気違いだと言わないで しょうか。」これは確かにいい証しにはなりません。